東京高等裁判所 昭和61年(う)638号 判決
所論は,弁護人は,その職責として依頼被告人に有利な要素を効果的に利用するため,同一又は類似事件で起訴された者と比較して有利な情状を提出するよう努めるが,ある被告人にとつて有利な事情を述べることは,その反面として,そのような事情を有しない被告人にとつて不利益な事情を述べるのと同じであるところ,被告人及び原審相被告人飯村一郎は,共犯者として併合起訴され,原審により同一の国選弁護人を付されて,その弁護のもとに審理を受けたが,検察官が原審第1回公判期日の冒頭陳述において,「飯村一郎がフイリピンの被告人に電話をかけて,フイリピンからけん銃を密輸できないか」ともちかけた旨主張した段階で,被告人は右飯村から本件密輸事件に引き入れられたものであつて,被告人の消極性を強調することが,そのまま右飯村の積極性を強調することになるという点において,両者の利害が対立することが明らかになり,被告人ら共通の国選弁護人としては,右飯村にとつて不利益な事情について指摘することは弁護人の忠実義務に反する一方,右飯村に不利益な事情はその反面として被告人に有利な事情にあたるところ,そのような事情について触れないこととすれば、当該事情を有する被告人は,有利な事情という個別弁護の場合に当然になされるべき弁護を受け得ないこととなるのであるから,この時点で原審は直ちに被告人及び右飯村に対し個別弁護を受ける権利があることを告知し,利害が相反しないかどうか調査すべきであつたのに,原審はかかる手続をとることなく審理を続け,判決を宣告し,もつて,原審は利害の対立する共同被告人に同一の国選弁護人を付することにより,被告人の弁護人依頼権,実質的弁護を受ける権利(憲法37条3項)を侵害した違法があり,この手続違背が判決に影響を及ぼすことは明らかであるから,原判決は破棄されるべきである,というのである。
そこで,記録を調査して検討するに,被告人及び原審相被告人飯村一郎が,本件のけん銃及びけん銃用実包の所持・輸入の共犯者として併合起訴されたものであること,原審が弁護士由岐和広を右両被告人の国選弁護人に選任し,その立会のもとに審理し判決したこと,原審第1回公判期日の冒頭陳述において,検察官が本件犯行の共謀の過程につき,「飯村一郎がフイリピンの被告人に電話をかけて,フイリピンからけん銃を密輸できないか」ともちかけ,それが発端となつて被告人が本件犯行に加わるに至つた旨の主張をしたことは所論の通りである。しかしながら,被告人及び右飯村は,いずれも本件各公訴事実を認めて争わず,被告人が本件犯行に加わるに至つたいきさつについても前記検察官の冒頭陳述と同一の供述をし,互に罪責を相被告人に転嫁して相争うというようなことはなく,殊に右飯村は原審第4回公判廷で自分が被告人を本件各犯行へ引き込んだことを深く反省している旨述べているのであつて,被告人と右飯村との間において,主張・弁解・陳述にほとんどくい違いはなく,被告人の利害は相反しないと認められる。所論が利益相反にあたるとする点は,右飯村が被告人を本件犯行に誘い引き込んだ立場の者で,被告人は誘われ引き込まれた立場の者であるというにすぎず,前述のように被告人と右飯村との間において,どちらが本件犯行に誘い引き込んだかについて敵対的主張・弁解・陳述やくい違いがあるわけではなく,したがつて,共通の国選弁護人がいずれの側に立つて弁護活動するかのジレンマに陥らざるを得ないといつたような事情はないのであつて,被告人及び右飯村が一致して供述するところの,右飯村が被告人に本件犯行の話をもちかけ,被告人がこれに応じて本件犯行に加わるに至つたものとして弁護活動することに支障はなく,そうすることは,被告人及び右飯村のいずれの意向にも反しないから,右の被告人及び右飯村の立場・役割の差異は,刑訴規則29条2項にいう利益相反にはあたらない。そして,弁護人が自己の弁護する被告人にとつて不利益な事情について言及することは,必ずしも弁護人の忠実義務に反するものではなく,殊に検察官から提起された起訴状・冒頭陳述・論告等において被告人の不利益事実が指摘されたり,共犯者間のそれぞれの立場・役割・犯行に対する積極性の程度等について比較検討が行われたり,主張として明らかにされた場合に,弁護人がこれらに言及して反論しあるいは弁論することは当然許されるところであるし,複数の被告人の弁護を担当する弁護人が,各被告人の個別的量刑事由について言及する過程で,ある被告人についてのみ有利な量刑事由をとりあげたからといつて,その事由が量刑上重要で,かつ担当する被告人間で争いの対象となつているものでない限り,有利な量刑事由のない被告人の関係で弁護人としての忠実義務に反するとはいえない。本件においては,所論の被告人の本件犯行に加わるに至つたいきさつは,その後の犯行の反覆継続・果した役割・行動,その他後記弁護人の控訴趣意第2点(量刑不当の主張)において判示する各量刑事由等と対比するとき,量刑全体の中ではさほど重要ではなく,かつ被告人間に争いのない事柄にすぎず,その他記録を検討してみても,原審弁護人が右飯村の弁護人をも兼ねているために,被告人だけの個別弁護人であつたならなし得たような尋問・質問・証拠提出・弁論ができなかつたというような事情は窺えないのであつて,被告人の弁護人依頼権や実質的弁護を受ける権利が侵害されたとは認められないから,原審が所論の権利告知・調査をしないで審理を遂げ,判決したからといつて訴訟手続に法令違背は認められない。